ウドー音楽事務所の歴史

1967年(ねん)にウドー音楽(おんがく)事務所(じむしょ)が設立(せつりつ)されました。当時(とうじ)のコンサート・マーケットは現在(げんざい)のようにコンサートのプロモートとして確立(かくりつ)されたものではありませんでした。有名(ゆうめい)ナイトクラブ、米軍(べいぐん)クラブ、テレビ等(など)に出演(しゅつえん)させるという形態(けいたい)で始まり(はじまり)ました。ルイ・アームストロング、ライチャス・ブラザーズ、サミー・デイヴィスJrをはじめとするビッグアーティストを紹介(しょうかい)し、プロモーターとしての基盤(きばん)を確立(かくりつ)しました。1960年代(ねんだい)は世界的(せかいてき)な人気(にんき)を博(はく)していたビートルズの来日(らいにち)を契機(けいき)に、外国人(がいこくじん)ミュージシャンへの関心(かんしん)が高まり(たかまり)、彼ら(かれら)の唄(うた)や演奏(えんそう)に肌(はだ)で触れ(ふれ)てみたいと熱望(ねつぼう)する声(こえ)が高まり(たかまり)ました。このような社会的(しゃかいてき)要求(ようきゅう)を背景(はいけい)として、ウドー音楽(おんがく)事務所(じむしょ)が設立(せつりつ)され業務(ぎょうむ)を開始(かいし)したのです。ウドー音楽(おんがく)事務所(じむしょ)は音楽(おんがく)ファンのニーズに答え(こたえ)て、1980年代(ねんだい)以降(いこう)も次々(つぎつぎ)と大物(おおもの)アーティストの来日(らいにち)を実現(じつげん)しました。みなさんがお馴染み(おなじみ)のボン・ジョヴィ、エアロスミス、ビリー・ジョエル、ブルース・スプリングスティーン、ジャネット・ジャクソン等(ら)、時代(じだい)を代表(だいひょう)するスターが最高(さいこう)のコンサートを繰り広げ(くりひろげ)ています。多様化(たようか)するコンサートのなかで、日本(にっぽん)で始め(はじめ)て、複数(ふくすう)アーティストによるイベント形式(けいしき)のコンサートを開催(かいさい)。大変(たいへん)な熱狂(ねっきょう)を持っ(もっ)て迎え(むかえ)られたミック・ジャガー・コンサートと、ローリング・ストーンズ・コンサート、そして新人(しんじん)アーティストのコンサートにいたるまで音楽(おんがく)ファンの様々(さまざま)なニーズに幅広く(はばひろく)お応え(おこたえ)しています。新年(しんねん)をドームで祝う(いわう)ファイナル・カウントダウン、ニューイヤーズ、サマーフェスティバルや社会的(しゃかいてき)テーマを持つ(もつ)アムネスティ・インターナショナルコンサートなどのイベントも実施(じっし)し、人々(ひとびと)の心(こころ)に残る(のこる)コンサートを数多く(かずおおく)送り続け(おくりつづけ)ています。ウドー音楽(おんがく)事務所(じむしょ)は、日本初(にほんはつ)のロックプロモーターの第一歩(だいいっぽ)です。1970年代(ねんだい)、音楽(おんがく)文化(ぶんか)の主流(しゅりゅう)はクラシック、ジャズのフィールドからロック、ポップスへと移行(いこう)しました。ウドー音楽(おんがく)事務所(じむしょ)は、1972年(ねん)日本初(にほんはつ)のロック・プロモーターとしての道(みち)を歩み(あゆみ)だしました。当時(とうじ)最強(さいきょう)のアメリカのロックトリオ、クリーデンズ・クリアウォーター・リバイバル(CCR)、エマーソン、レイク&パーマの野外(やがい)コンサートをスタートにエリック・クラプトン、ボブ・ディラン、レッド・ツェッペリン、イーグルスなど、有名(ゆうめい)アーティストのコンサートを実現(じつげん)させたのです。

音楽事務所

1967年にウドー音楽事務所が設立されました。

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